2011年12月4日日曜日

柿!

先月の末に岩塙から貰ってきた柿は大半を干し柿に、残りを焼酎で樽抜きにした。今夜、樽抜きを試食したがまぁまぁ良く出来た。干し柿も楽しみだ、あと一週間ほどで食べられるだろう。
昨日、ゴルフで島崎氏に会ったが、彼も干し柿と樽抜きにした由、樽抜きはもう食べたといっていた。


息子たちに松本からの林檎を送ったが、返事がない、・・・。長男にの処へ電話で確かめたが嫁さんはマンションの郵便箱の鍵が開かなくて、不在票に気づかなかったようだ。嫁さんの実家に転送して無事に届いた、ようだ。

2011年11月25日金曜日

鮭の遡上、(勤行川)

筑西市内を流れる勤行川にはこの時期鮭の遡上が見られます。
この川で生まれ、海へ下って成長し、またこの川へ戻ってくる、雌は川底の砂を掘り、雄は産卵を促すように雌に寄り添う。時には何匹もの雄が先を争って卵を自分の遺伝子に染めようと戦う。
渾身の力を込めて穴を掘る雌、必死に戦う雄、共に傷だらけ!満身創痍とは正にこのことだ。
やがて、雌も雄も傷だらけの身体を浅瀬に横たえて命を終える。
鮭ゆえのこと、とは言え此処にたどり着くまでの事を想像すると、壮絶な、見事な一生だ!

2011年11月20日日曜日

モバイルPC,

モバイルパソコンの修理が終わって、昨日ヨドバシカメラから引き取った。ファームウェアーの不具合だったとか、原因は何か?取り扱いに原因があるのか?と聞いたが、ハッキリしたことは判らない。
兎に角、今日からは句会の取り纏めの仕事がある、それに間にあったのは幸いだ、・・・。
昨夜、北郷さんにクラス会の写真を添付して送った。

2011年11月19日土曜日

磐城高校クラス会!

東京駅の「ほろよい通り」でクラス会が有った、50年ぶりで合う学友も居る。
元は、今年の六月に地元いわき市で一泊のクラス会を開催することになっていたのだが、例の大震災で地元は壊滅的な被害を受けた、学友に東電の現役監査役もいたのでクラス会を持つ状況では到底なかった。
とは言え、最近のいわき市は復旧復興もかなり進んで、復興需要で活況を呈しつつある地域も有るとか、延期したクラス会を来年こそは開催しようと、今日はその確認のためのミニクラス会であった。
三年八組の52名の名簿には既に故人となった学友は12名を数えた。
40名中連絡が取れるのは32名、今年六月のクラス会に参加の意思を示したのが15名とか、・・・。
今日は8名の参加だったが、それぞれに歳を重ねた風貌であった。
うつ病を経験したのが二名も居た、今はすっかり回復して快活な話をしていた。
うつ病は珍しい病では無く、また必ず回復する病であることを実感した。
今日の参加者は、北郷氏、築館氏、高倉氏、小宮氏、山縣氏、松崎氏、吉田氏、と私8名だった。
来年六月の後半にいわき市でクラス会を開催することにした、またまた北郷さん他にお世話をかける事になる、・・・。

2011年11月17日木曜日

フランスワイン!

先日、ユハースさんが持って来てくれたワインが格別美味しかったので、ネットで調べてみた。輸入業者のRoyal of Japanのホームページで商品、生産者は直ぐに判った。メールで購入したいと言ったら、小売りはしないと返信が来た。代わりに近くの店舗、ネット販売のサイトを教えてくれると言う。
楽しみだ!

2011年11月13日日曜日

渡良瀬遊水地!

昨日来たユハースさんは今日は渡良瀬遊水地でカヤックの練習をする、と言っていた、予定通り今朝になってメールが来た。カヤックもウェットスーツ、ブーツまで準備した、と言われては行かざるを得まい。 家内もお隣のご夫妻に誘われて後から来た。
 この遊水地は今回初めてだったが、道順は迷わなかった、33キロ、約一時間かかった、古河駅あたりの信号待ちが多かった故かな。
彼は、いつもの「タヘグリーンランド」と「ルーモア」を持ってきていた。私は先ずは「タヘ」に乗って彼と漕ぎ出した、橋の下をくぐって西のブロックへ、此処はカヤックやボートのウォーターフィールドではないようだ、釣り人に叱られた。一回りして戻ったときには一時間ほど過ぎていた。
一旦、出艇した処に上がって休憩、その内に家内とお隣ご夫婦が来た、草地に毛布広げて休憩とオニギリ昼食をとった。
その後、ユハースさん除く四人で自転車で遊水地を半周した、いろんな趣味を楽しむ多く方々が居た、中でも釣り人は多い。
 出艇した処に戻ったときにはユハースさんは漕ぎ出していた、・・・。今度は「ルーモア」に乗って彼のロールをビデオに撮影した、後で修理中のパソコンが戻ったら整理しよう。
今日は一日が長かった、充分に楽しめた、と言うことか!

2011年11月12日土曜日

明日はZENツアーがあるようだが、参加できない、暫くはこちらにいるつもりだ、海は遠い!
第四週の週末26日、27日はQajaqJPNの魚住さんが鴨川へ来たいという、海はそのときまでお預けだ。
そう、今日はユハースさんが彼女を連れて来る、楽しみだ、26日の件は彼も誘ってみよう。
吉田さんから月末のゴルフの誘いがあったが、カヤックの予定、句会の予定も近いのでお断りした。
 今月は句会の取り纏め担当でもある、投句の準備もしなければならない、モバイルパソコンはそれまでに修理が終わるだろうか?古いディスクトップPCでは手間取るかも知れないが、その時はそのときで何とかなるだろう。〆切りは21日、清記発送は23日、句会は29日だ。

2011年11月8日火曜日

Qajaq Japan 

 先週水曜日から鴨川で過ごした、カヤック、ゴルフ、またカヤック、と存分に楽しんだ。
新艇「Qaanaaq 512」にもだいぶ慣れてきた。 6日日曜日は多々良の浜でQajaq JPNの伊東さんにご指導を頂いた、お陰で左右の「バランスブレース」が習得できた、彼がサポートしてくれるのはこの上なく有り難いことだ。 彼のワンポイントの指摘で、これまで出来なかったことができるのは指摘が的確なのだろう、・・・。
フィッティングのポイントも指摘してくれた、後で彼が言うようにフィッティングしようと思う。

今日は、午前中に鴨川を発ち、秋葉原のヨドバシカメラへ立ち寄り、モバイルPCの修理を頼んだ。
ポイントカードの再発行をして貰い、二年半前に購入したPCの「五年間保障」の確認も出来た。
従って修理は無償になる予定だ、不具合がHDの場合で、既存のデータの取り出し移し変えが無ければとの条件がつくが、概ねそのようなことは無いだろう、とのことだった。
この処、カメラの修理で不本意な、新規品購入をしたばかりなので、本件はホッとした。
モバイルPCが直らないと、写真やビデオの投稿ができない、それまでお預けになる。

2011年11月3日木曜日

古希!

 満六十九歳を一昨日迎えた。数え年では七十歳だから、古希と言うことになる。
そのような祝いなどはするものでは無い!と以前姉が言っていた、それに倣う訳でも無いがこの上なく目出度い気分でもない、のでそのようなことはしない。
昨日に鴨川に入り、今日は興津の浜でカヤックロールの練習をした。根本さんも一緒に興津へ付き合って頂いた。

 康宏、朗宏からメールを貰った。
それぞれに元気に活躍しているようだ、何よりだ。

 明日は勝浦東急カントリーでゴルフ!
幸せな事です。

2011年10月30日日曜日

叙勲のお祝い、

  義兄が平成23年春の叙勲を受けたのはもう随分前のことだが、昨日やっと身内だけのお祝いが水戸市の駅前のホテルで出来た。 「瑞宝双光章」と言う勲章だ、義父も「旭日賞」を頂いた、がそれは亡くなってからの事で、義兄はまだ72歳で頂いた。義父の後を継いで地域の郵便局長を務めあげた、郵政事業の貢献、地域への貢献、などが受章の理由なのだろう。
義兄は地域の皆さんのおかげです、と謙遜していた。
なにはともあれ身内の慶事で気分良く酔えた。
 それにしても兄弟姉妹達は老いた、・・・・・。  「末弟は生涯の役葱坊主」

2011年10月28日金曜日

ダッフルバッグ!

Qajaq Japanのメンバー洲澤様がアラスカの調査に出掛ける由、色々物入りらしくて欲しい物のリストが代表の伊東さんからメンバーに示された。その中に80リットル程度のダッフルバッグがあったので、使わないバッグの写真を送って見たら、使いたいとのご返事を頂いた。
早速、虫干しして、宅急便で発送した。

携帯からの投稿!

携帯からの投稿をテストする。
結構綺麗な写真になっているな、文章も携帯から掲載できるので、これは便利だ!

2011年10月26日水曜日

モバイルPCの不調!

 数日前からモバイルPCの電源が入らない、東芝や秋葉原のヨドバシへ電話で相談したが、結局は持参しなければならないようだ。購入時に五年間の保障を付けた記憶があるが、保証書やヨドバシのポイントカードが見つからない、ので本人証明と現物を持ってヨドバシへ出かけなければならない、次回鴨川へ行くときに東京経由で行こうと思う。

  それとは別にQaaNaaq512のフィッティングをした、今回はシートは外さずに背もたれの高さを3~4cmほど削って低くした、レイバックしやすいようにとの配慮からだ。他に膝を押さえるためのシートを作った。このシートで膝はかなりしっかり押さえる事ができる。
ロングパドリングのときは外せるように接着しないでおいた、膝を押さえたままのロングパドリングは辛いと思うからだ。 このシートと背もたれを削った効果を試したいものだが、次回の鴨川入りは来月二日以降になりそうだ。ユハースさんは来られるのかな?

 昨日庭の柿ノ木の枝を払った、かなりの数の柿も採れたので、昨夜焼酎で渋抜きをした。
一週間後が楽しみだ。

2011年10月20日木曜日

「パドル」アウトドアショップ、

 午後から大宮の「パドル」へカヤックを車に積んで行って来た、無論フィッティング材を購入するためだ。家からは65キロだったが、渋滞のため片道2時間も掛かった。 隣りの土井さんが一緒に行ってくれたので車中は楽だった、・・・・。

その前、午前中に、カヤックのシートの背もたれの部分をディスクサンダーで 3cm程度削った、
レイバックが幾分しやすくなった。

フィッティングは明後日から始める、接着剤のメーカー、商品名も教えて頂いたので後はカットと削りの作業だ。

2011年10月19日水曜日

YOGAボール、

 先日、ユハースさんに進められて鴨川でYOGAボールを手に入れた。 径65cm程度のボールだが身体の一部を載せて何種類かの筋肉のストレッチや強化ができるらしい。
実際に使ってみると、これまでストレッチとは違った部位のストレッチができる、面白い、続けられるような気がする。

 今日は朝から掃除や洗濯を済ませて鴨川を発ち、午後三時頃に筑西市へ着いた。次回の鴨川はまだ未定だ、何時になるかな?
 Qaanaqのフィッティングを済ませてまた練習に鴨川へ行きたい。

2011年10月18日火曜日

再度、バランスブレース!

 今日は曇天、気温も上がらない、が昨日の復習と動画の撮影をしたいと、興津の浜へ行った。
しかし、興津は風が強
い、この浜は風の通りが良い地形なようだ、諦めて鴨川のマリーナへ行く事にした。 水温も昨日より下がっている、海から上がってからの寒さは覚悟で漕ぎ出した。
始めは昨日の感触がつかめず、旨く行かなかったが間もなく、・・・出来た。


何とか、何もしないで浮いていることは出来る、が伊東さんの仰るように一度沈んでから浮き上がることは出来なかった。 一挙に沈んでしまった、スイープロールで上がるしかなかった。残念! 
静かにバランスを保ちながら沈むことなのかなぁ?
寒いからもう上がろう!
寒いので 早く止めようと思って居たが、気がつけば一時間半も海の中を転がっていた。

2011年10月17日月曜日

バランスブレース!

 グリーンランドカヤックの技の一つに“バランスブレース”と言うのがある。舟を倒して身体を海水につけて何もしないで浮いている技だ、レイバック系のロールの基本になる技で習得は必須なのだ。
先月の青森県小川原湖でのQajaq Japanのイベント「DUTS2011」で、講師のヘレンに支えられて出来たが、その後出来ていない。今日はそれを目標に独りで鴨川のマリーナへ出かけた。 
リラックスが大事だと言い聞かせて、先ずはスカーリング、難なくできている。
両足をペダルから外してペダルの先に入れた、身体もコックピットの中にしっかり入っている、両肩をしっかり水に沈めたら、パドルを止めても浮いている!パドルを掴んだ右手を伸ばし、左手をカヤックの縁の下にいれて、楽に楽に浮いている、これなら何時間でも浮いてい居られる!
青空を白雲がゆっくり流れている、・・・。
身体をゆっくりバウ側へ寄せて、今度はスターンデッキへ近づけ、右手のパドルをちょっと沈めると舟は身体を載せて戻った。「出来たぁ~万歳!」・・・だぁ!
何度も繰り返したが、出来ている、大きな進歩だ、嬉しくなった。
写真やビデオは無い、伊東さんとユハースさんにメールで報告をした。

2011年10月16日日曜日

興津の浜で!

 昨日はユハースさんと興津の浜でロールの練習をした、彼は幾つか新しい技を得たが、私はフローとをつけた状態でストームロールの練習をした、がフロートのエアを減らすと旨く行かない。
左のスタンダードロールは自信が出来た。ま、一応の進歩かな?

今朝も海は荒れている、やはり昨日と同じく興津の浜へ行った、今日は私は疲れが残ってカメラマンに徹することにした。外海は昨日と同じく荒れていたが、堤防に囲まれた浜は静かだ。釣り人も何人か居る。 
ユハースさんはGOPUROと言う小型ビデオカメラを二つ、一つはバウデッキに、一つは自分の頭に付けてロールの練習を始めた。水中での自分の身体の動きを観察するためだ、 彼の練習熱心さには感服する。 
事件は5回連続ロールのときに起きた、彼が自分の頭を指して何か言っている、・・・・頭につけたビデオカメラが無い! 海に落ちたのだ。
先ずは、水中眼鏡と足ひれが要る、鴨川へ戻った。足ひれはマンションの部屋にあった、残りは水中眼鏡、これがシーズンオフで無いだろう。ZENのセツさんに電話したが、彼は自転車のスクールで保台ダムに居る、お店にはメガネはあるだろうが、他を捜さなければならない。

スイミングスクールには有るだろう、と向かったが途中の「ベイシア」に有った。  
興津に戻ったのは一時間後だったが、干潮は十二時半頃、丁度その時だ。
釣り人に訳を話して、暫し投げ釣りを控えてもらった、彼は直ぐに海に入った、・・・・。十数分が過ぎただろうか、そろそろ身体も冷えて来ただろう、私が代わって海に入ろうか?と思って居たとき、彼はいきなり海に潜った! 上がってきたときは右手にビデオカメラを持っていた。
釣り人も拍手喝采! 努力は報われた! 有り難いことだ!

ユハースさんとG-スタイルカヤック!

ユハースさんは14日の早朝に鴨川へ着いた。 朝食の後で、いつもの前の浜から漕ぎ出した、天気も凪もこの上ないコンディション。微風が南東から吹いていたので迷わず鯛の裏の方角に漕ぐ、蔦が岬の磯も静かだ、久しぶりに磯に入って見た。震災前は磯の中を通る深い溝が有ったが砂に埋まって以前の深さは無い。磯を抜けて、天津港を過ぎて、松ヶ鼻を右に見て鯛の裏へ小さな祠と小さな赤い鳥居の直ぐ下まで入れた。こんな凪は珍しい、雀島までも沖の岩礁の内側をショーカットでき、そのまま雀島まで入った。


     
帰りは松ヶ鼻に寄って、ロールの練習!    ユハースさんは幾つものロールが上手に出来る、羨ましい。
 もう一つ!

2011年10月13日木曜日

鴨川にて、(10月13日(木))

今日は午後から筑西市を発ち鴨川へ来た。途中いつものパン屋さんでパンを買って、コーヒーを飲んで、いつものガソリンスタンドでガスを入れトイレを借りて、いつもの君津農協直売所でいつもの玉子を買って、鴨川へ入った。三ヶ所立ち寄ったのだが、四時間で着いた、東北の旅で八戸市から筑西市へ、また宮古市から筑西市へとロングドライブをしたので、以前より楽に走れるようになった気がする。
 小山市に住む、ユハース・ミクロスさんが今夜小山を発って鴨川へ入る。明日は二人で鴨川の海を漕ぐ、・・・楽しみだ。

2011年10月12日水曜日

「三陸シーカヤックマラソンin宮古」(2011年10月8日~9日)

「三陸シーカヤックin宮古」に参加しました。震災のあとなので今年は開催されないだろうと思って居りましたが、関係者の頑張りで今年も開催されました。
今年は11回目になりますが、これまで一番多い参加者数で150名を数えました。
  リアスハーバー宮古は所有していた艇はすべて流出してしまい、レスキュー艇が手配できないのでマラソンレースは行われず、初日は波止場や対岸の砂浜の清掃活動をして、翌日は宮古湾内の追悼ツアーになりました。
宮古市長、観光協会長の歓迎挨拶、夜には月尾嘉男氏(東大名誉教授)、辰野勇氏(モンベル会長)他の講演もありました。

 追悼ツアーでは途中、全艇での鎮魂の黙祷をしました、海上保安庁の巡視艇が放水で歓迎してくれました。

 ツアーが終わってから、NHKの記者たちがインタビューをしてましたが、されたのは「房州素人船団」の仲間の佐藤さんでした、私はその後ろを黄色のヘルメットを被って歩いているところを撮影され、放映されました。                         突然のインタビューにも関わらず佐藤さんの対応     
 は立派でした。
講演や湾内のツアーを通じて感じたことは、人工の構築物のひ弱さ、天然自然の岩、岬などの強靭さを思い知らされました。 巨大なコンクリートの堤防や陸上にある鉄骨造りの建屋が無残な姿を曝しているのに比べ、直接津波を受けた沖にある小さな岩や細く高い蝋燭岩が元通りの姿を保っているのが強く印象付けられました。 

 今回は三泊の旅でした、始めの夜は観光協会長の経営するホテルへ、営業を再開して二ヶ月と聞いて様子を見たくて泊った。キャンプ場はテントに二泊、今回も多くの知り合いができた。


 『名乗りあう野営の卓やぬくめ酒』 

 『夜を寒み野に泊つる身の幾夜かな』

 『鎮魂を肝に浄土ヶ浜の秋』

 『魚網破(や)れて松ヶ枝に垂(た)る浦の秋』  

 『逝く秋や追悼の灯の消え易き』   

 人様には読ませられない駄作だが、下手も続けることの重要さを感じている故のこと。
       











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初めに、・・・再開に臨んで。

 気ままなメモ帳「Bluesky-Memopad」を始めたのは四年半前で、北海道への家内との旅を綴っておりました。
それは、利尻島での昆布干しのお手伝いの様子や身近な出来事、拙い俳句などを書き込む日記代わりで、家族やごく身近な人たちへの報告もかねておりました。
 或る事がきっかけで、それを続けることを憚る気持ちがあって、暫く書き込みをやめてしまいました、・・・・が、何時までもこのままでは自分の生涯の空白を広げてしまう危惧を感じて、『また始めよう、・・・!』とそんな気分になってきました。
スティーブ・ジョブスのメッセージに触発されたのかも知れません。
 もっとも、北海道への旅は二年前から中断していますが、九年前に始めたシーカヤックによる海のツアー、海峡横断トライアルも、最近はグリーンランド系カヤックにのめり込んでいます。
カヤックの起源はグリーンランドに始まる北方民族の狩猟のための舟です、北限の厳しい海での舟にはそれに伴う優れた操舟技術があるのです、その技に憧れて『いつかはQaaNaaq』との夢を捨てられず、古希を前に『年寄りの冷や水』との揶揄も覚悟で、グリーンランドスタイルのカヤックを始めたのです。