2011年10月30日日曜日

叙勲のお祝い、

  義兄が平成23年春の叙勲を受けたのはもう随分前のことだが、昨日やっと身内だけのお祝いが水戸市の駅前のホテルで出来た。 「瑞宝双光章」と言う勲章だ、義父も「旭日賞」を頂いた、がそれは亡くなってからの事で、義兄はまだ72歳で頂いた。義父の後を継いで地域の郵便局長を務めあげた、郵政事業の貢献、地域への貢献、などが受章の理由なのだろう。
義兄は地域の皆さんのおかげです、と謙遜していた。
なにはともあれ身内の慶事で気分良く酔えた。
 それにしても兄弟姉妹達は老いた、・・・・・。  「末弟は生涯の役葱坊主」

2011年10月28日金曜日

ダッフルバッグ!

Qajaq Japanのメンバー洲澤様がアラスカの調査に出掛ける由、色々物入りらしくて欲しい物のリストが代表の伊東さんからメンバーに示された。その中に80リットル程度のダッフルバッグがあったので、使わないバッグの写真を送って見たら、使いたいとのご返事を頂いた。
早速、虫干しして、宅急便で発送した。

携帯からの投稿!

携帯からの投稿をテストする。
結構綺麗な写真になっているな、文章も携帯から掲載できるので、これは便利だ!

2011年10月26日水曜日

モバイルPCの不調!

 数日前からモバイルPCの電源が入らない、東芝や秋葉原のヨドバシへ電話で相談したが、結局は持参しなければならないようだ。購入時に五年間の保障を付けた記憶があるが、保証書やヨドバシのポイントカードが見つからない、ので本人証明と現物を持ってヨドバシへ出かけなければならない、次回鴨川へ行くときに東京経由で行こうと思う。

  それとは別にQaaNaaq512のフィッティングをした、今回はシートは外さずに背もたれの高さを3~4cmほど削って低くした、レイバックしやすいようにとの配慮からだ。他に膝を押さえるためのシートを作った。このシートで膝はかなりしっかり押さえる事ができる。
ロングパドリングのときは外せるように接着しないでおいた、膝を押さえたままのロングパドリングは辛いと思うからだ。 このシートと背もたれを削った効果を試したいものだが、次回の鴨川入りは来月二日以降になりそうだ。ユハースさんは来られるのかな?

 昨日庭の柿ノ木の枝を払った、かなりの数の柿も採れたので、昨夜焼酎で渋抜きをした。
一週間後が楽しみだ。

2011年10月20日木曜日

「パドル」アウトドアショップ、

 午後から大宮の「パドル」へカヤックを車に積んで行って来た、無論フィッティング材を購入するためだ。家からは65キロだったが、渋滞のため片道2時間も掛かった。 隣りの土井さんが一緒に行ってくれたので車中は楽だった、・・・・。

その前、午前中に、カヤックのシートの背もたれの部分をディスクサンダーで 3cm程度削った、
レイバックが幾分しやすくなった。

フィッティングは明後日から始める、接着剤のメーカー、商品名も教えて頂いたので後はカットと削りの作業だ。

2011年10月19日水曜日

YOGAボール、

 先日、ユハースさんに進められて鴨川でYOGAボールを手に入れた。 径65cm程度のボールだが身体の一部を載せて何種類かの筋肉のストレッチや強化ができるらしい。
実際に使ってみると、これまでストレッチとは違った部位のストレッチができる、面白い、続けられるような気がする。

 今日は朝から掃除や洗濯を済ませて鴨川を発ち、午後三時頃に筑西市へ着いた。次回の鴨川はまだ未定だ、何時になるかな?
 Qaanaqのフィッティングを済ませてまた練習に鴨川へ行きたい。

2011年10月18日火曜日

再度、バランスブレース!

 今日は曇天、気温も上がらない、が昨日の復習と動画の撮影をしたいと、興津の浜へ行った。
しかし、興津は風が強
い、この浜は風の通りが良い地形なようだ、諦めて鴨川のマリーナへ行く事にした。 水温も昨日より下がっている、海から上がってからの寒さは覚悟で漕ぎ出した。
始めは昨日の感触がつかめず、旨く行かなかったが間もなく、・・・出来た。


何とか、何もしないで浮いていることは出来る、が伊東さんの仰るように一度沈んでから浮き上がることは出来なかった。 一挙に沈んでしまった、スイープロールで上がるしかなかった。残念! 
静かにバランスを保ちながら沈むことなのかなぁ?
寒いからもう上がろう!
寒いので 早く止めようと思って居たが、気がつけば一時間半も海の中を転がっていた。

2011年10月17日月曜日

バランスブレース!

 グリーンランドカヤックの技の一つに“バランスブレース”と言うのがある。舟を倒して身体を海水につけて何もしないで浮いている技だ、レイバック系のロールの基本になる技で習得は必須なのだ。
先月の青森県小川原湖でのQajaq Japanのイベント「DUTS2011」で、講師のヘレンに支えられて出来たが、その後出来ていない。今日はそれを目標に独りで鴨川のマリーナへ出かけた。 
リラックスが大事だと言い聞かせて、先ずはスカーリング、難なくできている。
両足をペダルから外してペダルの先に入れた、身体もコックピットの中にしっかり入っている、両肩をしっかり水に沈めたら、パドルを止めても浮いている!パドルを掴んだ右手を伸ばし、左手をカヤックの縁の下にいれて、楽に楽に浮いている、これなら何時間でも浮いてい居られる!
青空を白雲がゆっくり流れている、・・・。
身体をゆっくりバウ側へ寄せて、今度はスターンデッキへ近づけ、右手のパドルをちょっと沈めると舟は身体を載せて戻った。「出来たぁ~万歳!」・・・だぁ!
何度も繰り返したが、出来ている、大きな進歩だ、嬉しくなった。
写真やビデオは無い、伊東さんとユハースさんにメールで報告をした。

2011年10月16日日曜日

興津の浜で!

 昨日はユハースさんと興津の浜でロールの練習をした、彼は幾つか新しい技を得たが、私はフローとをつけた状態でストームロールの練習をした、がフロートのエアを減らすと旨く行かない。
左のスタンダードロールは自信が出来た。ま、一応の進歩かな?

今朝も海は荒れている、やはり昨日と同じく興津の浜へ行った、今日は私は疲れが残ってカメラマンに徹することにした。外海は昨日と同じく荒れていたが、堤防に囲まれた浜は静かだ。釣り人も何人か居る。 
ユハースさんはGOPUROと言う小型ビデオカメラを二つ、一つはバウデッキに、一つは自分の頭に付けてロールの練習を始めた。水中での自分の身体の動きを観察するためだ、 彼の練習熱心さには感服する。 
事件は5回連続ロールのときに起きた、彼が自分の頭を指して何か言っている、・・・・頭につけたビデオカメラが無い! 海に落ちたのだ。
先ずは、水中眼鏡と足ひれが要る、鴨川へ戻った。足ひれはマンションの部屋にあった、残りは水中眼鏡、これがシーズンオフで無いだろう。ZENのセツさんに電話したが、彼は自転車のスクールで保台ダムに居る、お店にはメガネはあるだろうが、他を捜さなければならない。

スイミングスクールには有るだろう、と向かったが途中の「ベイシア」に有った。  
興津に戻ったのは一時間後だったが、干潮は十二時半頃、丁度その時だ。
釣り人に訳を話して、暫し投げ釣りを控えてもらった、彼は直ぐに海に入った、・・・・。十数分が過ぎただろうか、そろそろ身体も冷えて来ただろう、私が代わって海に入ろうか?と思って居たとき、彼はいきなり海に潜った! 上がってきたときは右手にビデオカメラを持っていた。
釣り人も拍手喝采! 努力は報われた! 有り難いことだ!

ユハースさんとG-スタイルカヤック!

ユハースさんは14日の早朝に鴨川へ着いた。 朝食の後で、いつもの前の浜から漕ぎ出した、天気も凪もこの上ないコンディション。微風が南東から吹いていたので迷わず鯛の裏の方角に漕ぐ、蔦が岬の磯も静かだ、久しぶりに磯に入って見た。震災前は磯の中を通る深い溝が有ったが砂に埋まって以前の深さは無い。磯を抜けて、天津港を過ぎて、松ヶ鼻を右に見て鯛の裏へ小さな祠と小さな赤い鳥居の直ぐ下まで入れた。こんな凪は珍しい、雀島までも沖の岩礁の内側をショーカットでき、そのまま雀島まで入った。


     
帰りは松ヶ鼻に寄って、ロールの練習!    ユハースさんは幾つものロールが上手に出来る、羨ましい。
 もう一つ!

2011年10月13日木曜日

鴨川にて、(10月13日(木))

今日は午後から筑西市を発ち鴨川へ来た。途中いつものパン屋さんでパンを買って、コーヒーを飲んで、いつものガソリンスタンドでガスを入れトイレを借りて、いつもの君津農協直売所でいつもの玉子を買って、鴨川へ入った。三ヶ所立ち寄ったのだが、四時間で着いた、東北の旅で八戸市から筑西市へ、また宮古市から筑西市へとロングドライブをしたので、以前より楽に走れるようになった気がする。
 小山市に住む、ユハース・ミクロスさんが今夜小山を発って鴨川へ入る。明日は二人で鴨川の海を漕ぐ、・・・楽しみだ。

2011年10月12日水曜日

「三陸シーカヤックマラソンin宮古」(2011年10月8日~9日)

「三陸シーカヤックin宮古」に参加しました。震災のあとなので今年は開催されないだろうと思って居りましたが、関係者の頑張りで今年も開催されました。
今年は11回目になりますが、これまで一番多い参加者数で150名を数えました。
  リアスハーバー宮古は所有していた艇はすべて流出してしまい、レスキュー艇が手配できないのでマラソンレースは行われず、初日は波止場や対岸の砂浜の清掃活動をして、翌日は宮古湾内の追悼ツアーになりました。
宮古市長、観光協会長の歓迎挨拶、夜には月尾嘉男氏(東大名誉教授)、辰野勇氏(モンベル会長)他の講演もありました。

 追悼ツアーでは途中、全艇での鎮魂の黙祷をしました、海上保安庁の巡視艇が放水で歓迎してくれました。

 ツアーが終わってから、NHKの記者たちがインタビューをしてましたが、されたのは「房州素人船団」の仲間の佐藤さんでした、私はその後ろを黄色のヘルメットを被って歩いているところを撮影され、放映されました。                         突然のインタビューにも関わらず佐藤さんの対応     
 は立派でした。
講演や湾内のツアーを通じて感じたことは、人工の構築物のひ弱さ、天然自然の岩、岬などの強靭さを思い知らされました。 巨大なコンクリートの堤防や陸上にある鉄骨造りの建屋が無残な姿を曝しているのに比べ、直接津波を受けた沖にある小さな岩や細く高い蝋燭岩が元通りの姿を保っているのが強く印象付けられました。 

 今回は三泊の旅でした、始めの夜は観光協会長の経営するホテルへ、営業を再開して二ヶ月と聞いて様子を見たくて泊った。キャンプ場はテントに二泊、今回も多くの知り合いができた。


 『名乗りあう野営の卓やぬくめ酒』 

 『夜を寒み野に泊つる身の幾夜かな』

 『鎮魂を肝に浄土ヶ浜の秋』

 『魚網破(や)れて松ヶ枝に垂(た)る浦の秋』  

 『逝く秋や追悼の灯の消え易き』   

 人様には読ませられない駄作だが、下手も続けることの重要さを感じている故のこと。
       











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初めに、・・・再開に臨んで。

 気ままなメモ帳「Bluesky-Memopad」を始めたのは四年半前で、北海道への家内との旅を綴っておりました。
それは、利尻島での昆布干しのお手伝いの様子や身近な出来事、拙い俳句などを書き込む日記代わりで、家族やごく身近な人たちへの報告もかねておりました。
 或る事がきっかけで、それを続けることを憚る気持ちがあって、暫く書き込みをやめてしまいました、・・・・が、何時までもこのままでは自分の生涯の空白を広げてしまう危惧を感じて、『また始めよう、・・・!』とそんな気分になってきました。
スティーブ・ジョブスのメッセージに触発されたのかも知れません。
 もっとも、北海道への旅は二年前から中断していますが、九年前に始めたシーカヤックによる海のツアー、海峡横断トライアルも、最近はグリーンランド系カヤックにのめり込んでいます。
カヤックの起源はグリーンランドに始まる北方民族の狩猟のための舟です、北限の厳しい海での舟にはそれに伴う優れた操舟技術があるのです、その技に憧れて『いつかはQaaNaaq』との夢を捨てられず、古希を前に『年寄りの冷や水』との揶揄も覚悟で、グリーンランドスタイルのカヤックを始めたのです。